バラムース修道院(335年)

ワーディー・ナトルーンの僧院群の中でも西の外れに位置し、もっとも古い起源を有することで知られる。伝承によれば、西ローマ皇帝ヴァレンティアヌス1世の二人の皇子マクシムスとドミティウスが、この地で聖者マカリオスの教えに従い隠修所を構えたが、この僧院の発端とされる。この二人の隠修士の死後、隠修所の跡に聖堂が建てられ(340年頃)、それがこの地の中心的な施設となったという。もっともこの説に対して異説もあるようで、何をもって「ローマ的」とするかは必ずしも定かではない。

今日眼にする僧院の拡がりは40メートル×50メートルほどの矩形の区画に収まり、その周囲を高さ10メートル余りの厚い壁が取り囲む。典型的なワーディー・ナトルーン型の僧院であり、しかし囲壁の内部に新しい建物がないため、往年の面影をよく今日に伝えている。

この僧院の中心とされるのは、7世紀の建立とされると推測されるエルアドラー(聖処女)聖堂で、建立当初の姿は前廊をともなった三廊式のバシリカであったが、後に内陣(フルス)が設けられて、現在の姿となった。このエルアドラー聖堂に隣り合うのが三層の避難塔で、これも聖堂とほぼ同じ頃の建設とみなされている。その意味でこのバラムース修道院の聖堂=避難塔のコンプレックスはワーディー・ナトルーンでもっとも古いタイプを示している。この避難塔の最上階には大天使聖ミカエル聖堂が設けられ、また「光の井戸」で塔内を採光している点が興味深い。エルアドラー聖堂の南面には昔の食堂の建物が接続し、初期の段階でこの聖堂を核として様々な施設が継ぎ足されていった様子が窺える。

他方、東側の区画は中庭を中心として僧房等がそれをとりまくように並び、中庭の東南に19世紀末の建立になる聖ヨハネス聖堂が配されている。(三宅理一)

図面
  • 1-正門
  • 2-聖母聖堂
  • 3-避難塔
  • 4-大食堂
  • 5-聖ヨハネス聖堂
  • 6-僧房
  • 7-製粉所