バビロン城(2世紀初頭)

バビロン城の建設はローマ帝国時代に遡る。ローマの軍団はナイルデルタの先端にあたるこの戦略上の要地に居住し、それはトラヤヌス帝の時代(98-117年)とアルカディウス帝の時代(395-408年)に拡張され、要塞化された。残念ながら砦は今世紀の初頭に廃墟となってしまったが、ローマ時代の軍事的建造物の中でも最もよく保存されたものの一つである。外壁のほとんどは、五層の石の層と、それと互い違いになっている砂の漆喰、石灰、小石、炭で固められた赤煉瓦の通常の層で建てられている。壁は不規則な五角形の形となっており、半円形の稜堡が備えられている。当時ナイル川に面していた西側の壁には稜堡はない(バビロン城の建設以来、ナイル川の流れは変化しており、現在ではそこから400メートル西側を流れている。)。直径33メートルの巨大な二つの円形の塔と跳ね橋がその特徴となっており、これはローマの砦として一般的なものではない。

現在では、コプト博物館に至る門が二つの塔の間に位置している。東方正教会の聖ゲオルギオス(マリ・ギルギス)聖堂は、塔の北側に建てられている。コプト博物館の古い翼部の庭から入ることのできる中庭へと続く、半円形の二つの大きな張り出し塔が、南に面しているもう一つの門の両側にあり、この門の上には、ムアッラカ教会が建てられている。