カルナック神殿のコプト遺構(4-8世紀)

アモン神を祀るルクソールのカルナック神殿は、中王国からプトレマイオス朝にかけてのさまざまな建造物の集合体であり、アモン大神殿だけでも面積25ヘクタールを超す巨大な地所を占めている。

コプト時代に入ってくると、この神殿もほかの神殿と同じように、キリスト教徒たちの「寄生」する場所となった。既存の大建築の中に、隠修所や聖堂を建て、いつしか僧院が営まれていくというパターンである。4世紀から8世紀にかけてがその黄金時代であり、その後イスラーム化とともに地の利の良すぎるこの神殿遺跡は修道の施設としては不向きであると判断される。

考古学者たちによる調査の結果、このカルナック神殿には少なくとも聖堂が3棟、僧院が3カ所認められている。

第一の僧院は、正面に聳える塔門の内側と外側にともに造られていた。塔門の中に通路を新たに設け、その内外をつなぐように数層の高さをもつ建物を設けていたと推測される。

第二の僧院は、第七塔門と第八塔門の間の中庭に建造され、食堂や図書館の跡も認められている。既存の塔門の建築を主構造体として増築する形式である。

第三の僧院は第九塔門と第十塔門の間の中庭に置かれていた。ローマ風の柱頭などが発見されているが、最後は火事で焼け落ちたらしい。この僧院の聖堂は、中庭に面したセド神殿の中に組み込まれていた。

コプトの施設はファラオの時代の建築に比べるとはるかに小規模で、しかもその建物を造るにあたっては、神殿の石材などを転用してその用に充てた。他方コンス神殿の多柱室のように、もともと規模の小さなスペースを利用し、そのまま至聖所を設けて聖堂となした例もある。ここではパピルスを刻んだ柱頭の円柱に、聖者のイコンなどさまざまなフレスコ画が描かれ、また十字架のしるしが表面に刻まれた。(三宅理一)

図面
  • 1-第一塔門
  • 2-第二塔門
  • 3-第三塔門
  • 4-第四塔門
  • 5-第五塔門
  • 6-第六塔門
  • 7-第七塔門
  • 8-第九塔門
  • 10-第十塔門
  • 11-ラムセス3世神殿
  • 12-センウセルト1世神殿跡
  • 13-トトメス3世祝祭殿
  • 14-セド祭殿