ルクソール神殿のコプト遺構(4世紀以降)

ルクソール市内にあるルクソール神殿はカルナック神殿(アモン大神殿)の付属神殿として建設されたもので、新王国時代のすぐれた様式を示している。

この神殿の一帯は古代末期にローマ軍団の駐屯地となり、神殿を含めた矩形の区画に城壁を回し、神殿もローマの神々に合わせて一部造り替えられた。この要塞は619年のペルシア軍の侵攻時まで機能し続けたといわれている。

ルクソール神殿の周りに散らばるコプトの聖堂はこの要塞内部の敷地に建てられたもので、これまでの発掘により少なくとも五つの聖堂が確認されている。いずれもバシリカ式のもので、平面を見る限りバビロン(コプティック・カイロ)のそれときわめて類似した形式ということができるだろう。すなわち、半円形アプス状の至聖所、その手前の内陣、三廊式で前廊を備えた身廊、側廊、さらにナルテクスという配置で、いうなれば地中海型の形式ということができそうだ。一番古いもので、7世紀、その他はイスラーム侵攻以降の建設と目され、その点もバビロンに酷似している。おそらく、要塞が不要になった際、コプト教徒が居住地としての特権を授かり、そこにいくつもの聖堂を建てていくという経緯があったと思われる。

これらの聖堂の一部は神殿修復や道路拡張の際に取り壊されてしまった。(三宅理一)

図面
  • Ⅰ-塔門横の聖堂
  • Ⅱ-ラムセス2世の中庭の聖堂
  • Ⅲ-南西の聖堂